A子さんは28歳、某食品会社のOLです。知人を介して知り合ったのですが、たいへん明るく、趣味も多い女性で、いつもいろいろな分野の楽しい話をしてくれます。ある日、雑談の最中にふと「朝に弱い」人が増えているという話になりました。すると、真顔でこういうのです。
「先生、わたしもそうだつたんですよ。
朝はものすごくつらくて、毎日ぐずぐずと二度寝して、いつもぎりぎりの時間に起きてたんです。
変な話ですけど、わたし、朝パッと起きるようになってから、性格的にもずいぶん変わった気がするんですよね」A子さんは、昔はノーメイクで、髪の毛は後ろで一つにまとめ、ジーパンにトレーナーにスニーカーというラフないでたちを過していたそうです。
そういう服が好きだというわけではなくて、メイクをしたり、髪をブロウしたり、洋服を選ぶような時間があるなら、とにかく眠っていたかったからだといいます。
「さつばりしたボーイッシュな子っていうイメージで通ってたんです。目立たなかったし、友だちはわたしがおしゃれに興味がないと思ってたみたい。今思うと、髪はぼさぼさで、洋服は洗濯してあればいいって感じで…。着るものだけじゃなくて、めんどうくさいことはみんな嫌って感じでしたね。朝早く起きてハイキングに行くなんて、絶対嫌だと思ってたし…」
会社に入ってからも、そうした生活が続いたそうです。制服があったので、着るものに気を使わなくてもよかったといいます。A子さんがそんな生活にピリオドを杓ったのは、ささいなきっかけからでした。
「入社して三年目くらいかな。友だちに誘われてミュージカルを観に行ったんです。そういうのもめんどくさいからっていつも断っていたんだけど、たまたまだれかが行けなくなったので代わりに行ったんです。そしたら、それがすごくおもしろくて、舞台の人たちが輝いてるんですよ。なんか、ふっと考えるものがあったんですね」
翌日は休日でした。A子さんは、いつものように昼過ぎまで寝ていました。ぼんやり起き出して、ふと、いつもならろくに見もしない鏡に自分の姿を映してみたのだそうです。
「髪の毛はぼさぼさであちこちに跳ねてるし、姿形だけじゃなくて、何かいきいきしてないなって感じがしたんです。前の日に観たミュージカルの影響があったのかもしれないけど、何か、人生ってもっとおもしろいことあるんじゃないかなって…」
彼女はその日さっそく、ブティックをのぞいて目にとまったワンピースを買ったそうです。そして月曜日には、意を決していつもより一時間早く起きてシャワーを浴び、髪もきちんとブロウして会社へ行ったそうです。すると、気分がまったく違ったというのです。
「周りの反応とかつてことじゃなくて、自分自身に何だか自信がついた感じで、世の中のものが違って見えるんですよね。それまでは、自分はこんなもの着ようとか、こんなところへ行こうとか、主体性がまるでなかったんですよ。かといって、眠ることがそんなに幸せだったかっていうとそうでもなくて、ただ、朝つらいから起きたくないって気持ちだけだったんです。大げさだけど、生きるっていうのは、こんなに楽しいことだったのかつて実感した感じでした」
A子さんは、それから何に対しても積極的になり、自分からいろいろなものを吸収しようという欲が出てきたといいます。「不思議なんですけど、朝つらくても、起きるのがそれほど苦しくなくなったんです。
寝てるのがもったいないって気になって…」「朝に弱い」という理由が、よくよく考えれば、朝起きても何もときめくことがないからだった…という人は案外多いのです。ときめくといっても、大げさに考える必要はありません。
A子さんのように、小さな喜びでも十分起きる力になります。
たとえば、片想いの異性が必ず出社時間の三十分前に受付を通るとしたら、がんばって起きて同じ時間に出社するのはたやすいかもしれません。人生を楽しんでいる人に、朝だらだらと寝ている人はいないはずです。生きがいがないから起きる気にならないとしたら、早く生きがいを見つけないと、一度しかない人生そのものに損をしてしまうことになります。
朝は何時に起きてもいいという「自由な生活」の落とし穴
不規則な生活は、体のリズムを狂わせ、自律神経失調症を招くと述べましたが、実際に悩んでいる人も少なくありません。作家や漫画家には、朝夕が逆転し、夜仕事をして朝眠るような生活をしている人も多いといいます。職業がら、
仕事の時間帯が決まっているわけではありませんから、いつやってもいいとなれば、夜のほうが能率が上がるのだといいます。デザイナーやライターといったフリーランスの仕事の人も、やはり夜型の人が多いようです。先日取材にみえたライターのE子さんも、こんなふうにこぼしていました。
「取材や打ち合わせのアポイントがあれば、朝も早くから起きるんですけど、何の予定もなくて、今日の仕事は原稿を書くだけという日は、ついつい昼ごろまで寝てしまうんですよ。起きてもすぐ頭が働かないから、結局、2時ごろから仕事を始めることになるんです。10時までやって八時間の仕事だけど、終わるのも自由でしょ。飲みに行こうと誘われると、7時でやめちゃったりして…。そのぶんのつけがあとでドーンと来て、締め切り前に徹夜なんてことになるんです」彼女は、もともと「朝に弱い」人だったそうです。以前に勤めていた出版社を辞めたのも、朝遅くまで眠っていても、フリーランスなら自由な時間に仕事ができるという理由があったからだといいます。
「とにかく能率、が悪いんです。電話一本かけるにしたって、相手先は9時から5時か、せいぜい七時くらいまででしょう。午後からじゃ半分しか仕事にならないんですよ。図書館も終わっちゃうよー。それに、いつ何をやってもいいっていうと、生活にめりはりがなくて、一日中だらだらしちゃ、つんです。そのせいか体調も今一つで、日中はいつもだるい感じなんです。夜になると調子が出てくるから、遅くまでピデオ観ちやったり…。悪循環なんですよね」
E子さんは、そんな生活に耐えられなくなり、契約社員として出版社に戻ったのだそうです。最初は起きるのがつらかったけれど、規則正しい生活のほうが体調はよくなったということです。
朝は何時に起きてもいい。一見うらやましい気もしますが、よほど本人の自覚がないと、かえってだらけてしまい、快適ではないようです。多少つらくても、朝はパッと飛び起きると、仕事も午前中から調子が出て、午後にはピークを迎え、夜になるとくたびれてくつろぐという、いいリズムになるのです。心身ともに健康であるためには、めりはりのある生活も大切でしょう。
主婦の「朝に弱い」は家庭崩壊の元ひと昔前の家庭といえば、主婦が二家でいちばん先に起き、トントンという味噌汁の具を刻む音で家族が起き出してくるというようなイメージがありました。
そして、朝ご飯を食べさせて、夫や子供たちを送り出し、掃除や洗たく、縫い物などをし、晩ご飯のしたくを整え、夫の帰りを待つ。もちろん、一出家の主人が帰るまでは食事に箸をつけるようなこともありません。
朝寝坊で離婚
今では、こんな主婦は皆無に近いといってもいいでしょう。もちろん、それがいけないというのではありませんが、たとえばD子さんの場合、いくら現代的とはいっても少々極端過ぎたようです。というのも、朝寝坊が原因で夫婦げんかが頻発し、とうとう離婚話にまで発展してしまったのですから。
D子さん夫妻は、結婚二年目。埼玉県のはずれにマンションを買ったこともあり、D子さんも専業主婦ではなく、契約社員といった形で、九時から五時まで近くの会社にパートに出ています。
ご主人は毎朝7時には家を出るのですが、D子さんは朝ご飯どころか、目も覚まさず、「いってらっしゃい」のひと言もありません。パートの会社は近いので、八時を過ぎてから起きても間に合いますから、どうしてもぎりぎりまで眠ってしまうのです。
ご主人は営業で接待も多く、戻るのが11時、12時になることもしょっちゅうですが、そのころにはD子さんは高いびきで眠っていることも多いといいます。ですから、ご主人は一人でお茶漬けなどを食べ、お風呂に入って眠るという生活です。
さすがにご主人も、夜早く寝ているのだから、せめて朝はもう少し早く起きられないのか…と何度かD子さんにいったそうです。すると、自分は昼間のパートと家事で忙しいのだから、せめて朝はぎりぎりまで寝かせてくれというのがD子さんの答えだったそうです。
D子さんが八時に起きるとして、11時、12時に眠くなってもおかしくはありません。八時間眠ったからといって、朝はいつもすっきりと目覚めよく起きられるとは限らないでしょう。
けれども、大半の人が多少なりとも朝起きるのはつらいのです。それでも起きなくてはならないという自覚があるから、無理にでも起きるのです。11時に眠れば、六時に起きても七時間は眠れるのですから、起きなくては…という自覚があれば、D子さんはつらくても起きられたはずです。
共働き夫婦の場合、それぞれのスケジュールで生活しないとくたびれてしまうということはあるでしょう。家事などの分担も含めて、それぞれの夫婦の問題ですから、周りでとやかくいうつもりはありませんが、疲れているから…とか、低血圧だから…というのは、とかく、朝起きたくない隠れみのにされがちです。自分がなぜ起きられないのか、きちんと見すえることも大切です。
わたしの患者さんにも、どうしても朝起きられないという主婦の方がいます。子供もいて、食事のしたくなどもあるのですが、とにかく起きられないらしく、仕方なくおばあさんが子供のめんどうを見ているということでした。
学生時代や一人暮らしのころとは違い、家庭を持つということは、それなりのル1ルや約束事があるはずです。大人になっても、朝のつらさをがまんできないほど自我が弱くては、子供を育てるどころか、社会の一員として生活することすらできません。自分が起きられない理由が、「朝に弱い」のではなく「自我が弱い」からだとしたら、それを自覚して努力することが必要でしょう。
ダラダラ睡眠は生気を奪い取る
知人の話です。彼女は結婚して二十年近くたちます。子供ができると同時に仕事を辞め、今は専業主婦をしています。ある日、彼女がこんな話をしてくれました。一年くらい前にクラス会があったそうです。十数年ぶりに昔の友だちと会い、お酒も進んだところで、だれかがボソッといったのだそうです。
「やっぱり、働いている女は輝いてるよな。ウチの女房なんて朝は起きてこないし、暇を持て余して寝てばかりで、化粧もろくにしないんだから…。専業主婦はダメだね」彼女は一瞬、ものすごく憤慨したといいます。「専業主婦だって家事や子供たちの教育といろいろな仕事を抱えているわけで、焼いている、輝いていないは、専業主婦か仕事を持っているかではなくて、個人個人の問題じゃないかつて思ったんです」
けれども、ふと、我にかえって自分の生活を眺めると、大手を振って反論できないような気になったのだそうです。「朝は何とか起きるものの、主人や子供たちを送り出してから、ちょっとソファーでうたた寝するようなこともしょっちゅうだったし、掃除してお昼ご飯がすむと、いい気分でまたうとうと寝ちゃったり…考えてみれば、私も寝てばかりだなって思って…。昼間がそうだから、夜も熟睡できなくて、朝つらいからまた昼間にうとうとって、悪循環だった気がします」
彼女は寝ても寝てもすっきりせず、しょっちゅう生あくびが出るような状態だったといいます。けれども、毎日外に出なければならないわけではないし、何となくだらだらと過ごしても問題なく毎日が送れるので、そんな自覚がなかったそうです。「そう思ったら、外で真剣に働いてる人に比べて生気がないなってしみじみ感じて…。化粧するとか、おしゃれするとかいう問題じゃなくて、何かパワーが落ちてるなって気もしたんです」それ以来、昼間うとうとするのをやめ、カルチャーセンターの講座も取り始めたそうです。本当に体が眠りを欲しているときなら、短い時間の昼寝も有効でしょう。
けれども、人間の休というのは、寝てばかりいても快適ではなく、むしろ適度な緊張感の中にいたほうが、気分がいいものです。快感とか幸せというのは、グンと動いた瞬間に楽しさが味わえる…と思いませんか。同じところにずっといても、さして楽しくはない…と、わたしは思います。
仕事に緊張感があるからこそ、くつろいだときは楽しいわけで、生活がだらだらとしていれば、元気や生気もなくなって当然なのです。
